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平成20年3月20日、皆様の御厚志を賜り無事に終えることが出来ました。
厚くお礼申しあげます。その折作成しました、しおりを掲載させて頂きます。


故・吉川千恵子を振り返って
17年の永きにわたり「ガン」(乳癌)という病との闘いに、昨年3月21日
“力”が尽きました。亡くなる2年前に妻(母)「自分はもう長くないかもしれ
ない」と私たちに告げました。(脊髄にガンが見つかる)。
それからの2年間は、まさに苦しみの日々であったと思います。しかし、
そのことを一言も口にせず、普段と変わりなく人々に接し、好きなクリアティ
ッシュBOXを作成し、自分の出来る範囲で多くの方々との交際を続け、種々
の会にも参加 しておりました。今思えば涙ぐましい努力であり、自ら1日でも
長く生きようという精神力はすさまじいものがあったように思えてなりません。
彼女のそういった前向きな考え方が17年の永きにわたって生命力を維持さ
せたのだと私たちは感服 しております。
数々の素晴らしい思い出を残してくれました。母としてたっぷり愛情を注いで
くれました。妻として立派に選挙も乗り切ってくれました。友人とのつきあい、
いろいろな会合への参加、指先が器用で趣味もたくさんありました。音楽も
好きでした。車の運転も大好きでした。料理も結構上手でした。何よりも家族を
愛して大事にしてくれました。人とのつきあいもとても大切にしていましたでも決
してリーダー的存在ではありませんでした。
この1年、存在の大きかった妻(母)のいない日々。男ばかりの家族で家事
等々、何とか乗り切ってきました。時には彼女を愛し、心配してくれる方々が優
しく私たちを見守って下さり、手をさしのべてくれました。私たちはその人情を生
涯忘れません。
この先も妻(母)がいないと困ることがたくさんあると思います。でも妻(母)は
大好きだった自宅の居間で手先を動かしながらクリアティッシュBOXを作り、
私たちのしていることをハラハラしながらずっと見守ってくれることでしょう。一周
忌にあたり、改めて妻(母)に対して“ありがとう”の言葉を贈りたいと思います。
(この度、生前の遺言の通り、遺骨は湘南の海へ散骨致します。妻(母)の意に
反するかも知れませんが、東京の実家のお墓にも分骨します。そして、吉川貴盛
が没した時に、残りの遺骨を共に埋葬してもらい、来世で又一緒に、今度は楽しい
日々のみを送らせて頂きたいと願っております。)
皆々様のご厚情に心から御礼申しあげます。
平成20年3月20日
吉 川 貴 盛
長男 隆 雅
二男 統 勝
三男 貴 博
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